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吉田松陰の花押(サイン) 吉田松陰.com

吉田松陰.資料室(直筆の書など)



ここでは、吉田松陰直筆の書などの資料をご紹介します。
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安政5年10月、江戸の獄中にあった吉田松陰が郷里に送った手紙の草稿。
死後、この手紙を自分の霊として扱ってほしいと遺言した。
萩・松陰神社の神霊の一つとして祀られているという。
安政5年10月、江戸の獄中にあった吉田松陰が郷里に送った手紙の草稿

安政5年10月、江戸の獄中にあった吉田松陰が郷里に送った手紙の草稿

安政5年10月、江戸の獄中にあった吉田松陰が郷里に送った手紙の草稿



松陰直筆の七生説。
松陰は松陰門下に七生説を説いた。
松陰直筆の七生説



伏見要駕策といわれるもので獄中から門下生たちに向けて指令を出した。
藩主を伏見で待ち伏せし、洛内に誘引して朝廷に攘夷を誓わせようというもの。
伏見要駕策1

伏見要駕策2

伏見要駕策3

伏見要駕策4

伏見要駕策5

伏見要駕策6

伏見要駕策7

伏見要駕策8

伏見要駕策9

伏見要駕策10

伏見要駕策11



密航が失敗し、伊豆・下田から江戸に送られる途中に松陰がしたためた書状。
伊豆・下田から江戸に送られる途中に松陰がしたためた書状。



安政6年5月、松陰が江戸に送致される際に書いた書。
安政6年5月、松陰が江戸に送致される際に書いた書



刑死前に、死後の処置を頼んでいる手紙。
刑死前に、死後の処置を頼んでいる手紙



伝馬町の獄中より決別として門下生(諸友)に向けて書いた書。
伝馬町の獄中より決別として門下生(諸友)に向けて書いた書



吉田松陰直筆 吉日録
吉田松陰直筆 吉日録



松陰が妹・千代子に送った手紙の一部。
松陰が妹・千代子に送った手紙の一部



甥・久保清太郎に送った書。
甥・久保清太郎に送った書 甥・久保清太郎に送った書



 (左)松陰が江戸に送致される前、門下生の松浦松洞が肖像を描き、
それに自画賛を書いたもの。(右)松下村塾記
自画賛肖像 松下村塾記



獄中で憂憤の絶食をしていた松陰を諌める
玉木文之進の手紙。
玉木文之進の手紙



獄中にて憂憤の絶食を行っていた松陰を諌める
父・百合之助(上半分)と母・瀧子(下半分)の手紙
父・百合之助(上半分)と母・瀧子(下半分)の手紙



明治時代の松下村塾。
縁側に腰を掛けている人物は、松陰の兄・民治氏。
明治時代の松下村塾


松陰が二十歳の時に赤間関(下関)にて得た硯。
その後、この硯を長く愛用し、死後は萩・松陰神社の神霊とされている。
松陰が二十歳の時に赤間関(下関)にて得た硯


明治時代の萩・松陰神社。
明治時代の萩・松陰神社


※上記画像は全て、明治41年に出版された
「日本及日本人 吉田松陰特集号」に掲載されたものです。
同雑誌は、山口県の出版社・マツノ書店より限定復刊されています。
同雑誌には、松陰の妹のインタビュー記事や
門下生・野村靖や乃木希典大将が松陰について寄稿している文章など
興味深い記事が沢山掲載されています。
興味のある方はお求めになられることをお勧めします。


その他の吉田松陰の書を見たい方は、
直筆の書を集めて出版された「吉田松陰遺墨帖 昭和16年天晨堂発行
を御覧下さい。多数の書状を見ることが出来ます。


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